ニューグレンジ遺跡(Newgrange)

アイルランドはミース州にそびえる古墳であり、世界で最も強い印象を与える先史時代の建造物である。
紀元前3300~2900年に建てられたと考えられており、現存する最古の建造物でもある。(これはストーンヘンジやエジプトのギザのピラミッドよりも古い。)
直径76 m、高さ12 m、面積4046 m²からなる。
Newgrange (Flickr)
タナ・トラジャ(Tana Toraja)

インドネシアはスラウェシ島トラジャの人々はおそらく世界で最も複雑な(豪華な)葬儀を行う。
誰かが亡くなった時は、多くの人々が出席し何日間も続けられる。葬儀の開催は、死後数週間、数ヶ月、数年経ってということもしばしばある。
トラジャの人々にとって、死というものは突然来るイベントなのではなく、むしろ来世に向かう段階的なプロセスであると位置づけがされている。そのため、葬儀は非常に尊重されており、十分な葬式代を用意できるまでは特別な場所に保管されている。もしあなたがこの地を訪問した際に何か異臭を感じたとしたら、死後数週間経った死体から放たれているものかもしれない。
Tana Toraja (Flickr)
水牛の写真があるのは、この儀式で水牛を生贄として殺すからだそうです。お金持ちほど生贄の数も多いらしい。
参照
» ちょっとお勧めインドネシアぶらり旅
ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)

英国ロンドンにあるゴシック式建築教会、ウェストミンスター寺院は11世紀にエドワード懺悔王によって建設された。(13世紀にはヘンリー3世が再建を決め、フランスの建築家を招き、フランスのゴシック建築にならって現在の寺院を建て始めた。)
当初は王や貴族、修道士の埋葬される場所であったが、まもなく英国の人々のための墓地となった。(ただ現在は満杯状態で埋葬するスペースはほぼない。)
アイザック・ニュートンやチャールズ・ダーウィン、アーネスト・ラザフォードといった科学者から、ジェフリー・チョーサーやチャールズ・ディケンズ、トーマス・ハーディ、ラドヤード・キップリング、アルフレッド・テニスンといった詩人、作家など著名人が埋葬されている。
Westminster Abbey (Flickr)
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» ウェストミンスター寺院 (wikipedia)
ギザのピラミッド(Giza necropolis)

エジプトには100個以上のピラミッドが存在する。中でも最も大きく有名なのはカイロのギザに建つ三大ピラミッドである。(クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、メンカウラー王のピラミッド)
ギザの三大ピラミッドは古典古代における世界の七不思議で唯一現存する建造物である。
紀元前2560年に完成した時のピラミッドは、高さ146.6 m(現在の高さ138.8m), 底辺230.4 mだったと計算されており、長さと高さの比は黄金比である。石材(石灰岩)はそれぞれ約1.5 ton、埋葬室の屋根に使われた花崗岩はそれぞれ約80 tonの重量からなる。
こうした規模とともに石積技術も最高水準にある。例えば、底辺の長さの誤差は20.3 cm、方位の誤差は東西方向でわずか約0.5度という正確さである。
19世紀末にパリのエッフェル塔が完成するまでこの建物は世界一の高さであり、それまでの4500年間、その記録を古代のエジプト人が保持していた。
Great Pyramid of Giza (Flickr)
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» ギザのピラミッド
» ギザの大ピラミッド (wikipedia)
王家の谷(Valley of the Kings)

1922年、エジプト学者ハワード・カーター (Howard Carter) がツタンカーメン王の墓を発見、発掘した。
関係者が多く病気や事故で没したことから、後援者カーナボン卿 (Lord Carnarvon) の「王の安らかな眠りを妨害する者にはあっという間に死が訪れるだろう」という警告を発した中での発掘だった。
Valley of the Kings (Flickr)
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» Queen’s Quotes (5)
パリのカタコンベ(地下墓地)(Catacombs of Paris)

正式名称は「les carrières de Paris」または「the quarries of Paris」という。
パリのカタコンベは古代ローマ時代に石灰岩の採石場で利用された地下トンネルや地下部屋がネットワークのように広がっている。
1700年後半、パリは急速な都市開発のあおりを受けて教会埋葬地の多くの墓を掘り起こし、それが原因でパリ市民は病気に苦しんだ。そこで、地方権威者はそれら何千という大量の遺骨を広大に張り巡らされた地下採石場に移すことを決めた。
今日、カタコンベの入場は規制されており、300 kmにもなる地下トンネルのほんの一部のみが一般開放されている。しかしながら、カタコンベには公になっていない秘密の入り口がパリに点在している。地下探索者は下水管やマンホール、パリ地下鉄の路線を経由してその秘密の入り口を発見したという。
Catacombs of Paris (Flickr)
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» 映画『カタコンベ』
兵馬俑(Terracota Army)

1974年、中国の西安に住む農夫が水を求め地面を掘っていた時、広大な地下墓地を発見した。それは初めて中国統一をした真の始皇帝の墓であり偶然の発見だった。(発見した当人は現在、博物館の名誉副館長となっている。)
言い伝えによれば、始皇帝は、コスモスを表現した真珠で飾り付けられた天井や中国の川を表現した水銀の流れる溝がある地面から成る墓に、多くの財宝を横に埋葬されていたという。
しかし、この墓の最も有名な特徴は、どれ一つとして同じ顔をしていない約8000人の兵馬俑が埋葬されていることである。
来世へと旅立った始皇帝を守るべく配された軍隊と思われていたこの大文物群は、それだけでなく、生前の始皇帝の生活そのものを来世に持って行こうとしたものであったようだ。すなわち、兵馬のみならず宮殿の実物大のレプリカや、文官や芸人等の傭も発掘されたのである。
Terracotta Army (Flickr)
参照・関連記事
» 兵馬俑 (wikipedia)
» ドイツの学生が中国の兵馬俑に潜入(あれこれ…..)
パレルモのカプチン会カタコンベ(Capuchin Catacombs of Palermo)

イタリア、パレルモにあるカプチン会修道士墓所は16世紀、元々の埋葬地の許容量を超えてしまったことで、その地下を堀り共同墓地として利用した。その奇妙な伝統は19世紀まで続いた。
カプチン会の修道士は死体をミイラ化し、毎日着替えを行い、修道院の壁に展示していた。どうも、それがカプチン会修道院における死者を葬るステータスシンボルであったようだ。 その街の著名な市民は、死後、服を身に纏った状態で保管されるよう願ったり、その時代のファッションに基づいて衣服を交換してくれるように頼んだりする人さえいたという。
1800年後半、最後の遺体が地下墓地に埋葬された時、カプチン会修道院の壁や地下墓地には8000体ものミイラがあった。
出口近くには、世界一美しいミイラと呼ばれる女の子、ロザリオちゃんが今もなお眠っている。
Capuchin Catacombs of Palermo (Flickr)
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» 死後の世界を想う人々 カタコンベの話 (旅の記憶 - travelogue -)
セドレツ納骨堂コストニツェ(Sedlec Ossuary)

コストニツェはチェコ共和国のセドレツ地区に存在する小さなローマカトリック教会である。
建物内部には装飾品やシャンデリアや備品があるが、それらは約40000人の遺骨から作られている。
13世紀、大修道院長がキリスト磔の地ゴルゴダの一握りの土をセドレツに持ち帰り、それをこの墓地教会にまいた。そのため、この教会は聖地とみなされ、中央ヨーロッパ各地から埋葬を望む遺体が集まり何千という人々が埋葬されているという。
Sedlec Ossuary (Flickr)
参照
» 【ヨーロッパ旅行記4日目-1】チェコ 骨の教会 (まだ見ぬどこかへ)
» チェコで見たもの(2): 人骨教会コストニツェ (無風 [Deadcalm])
タージマハル(Taj Mahal)

インド北部アーグラにある総大理石造の墓廟建築。1632年着工、1653年竣工。1983年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、ペルシャやアラブ、果てはヨーロッパから2万人もの職人を集め、22年の歳月をかけて建造させたといわれているインド=イスラーム文化の代表的建築。
シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死(1630年)を悼んで建設したという逸話は有名。
タージマハルは驚嘆に値する建築技術が施されている。建物中央の大理石のドームは、その形ゆえにオニオンドームと呼ばれており、左右対称な完成度を持つ。
Taj Mahal (Flickr)
参照
» タージ・マハル (wikipedia)
10 Most Fascinating Tombs in the World (Neatorama)
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